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気になった言葉を掘り下げます

アインシュタインは本当に「複利は人類最大の発明」と言ったのか

  • 暫定的な結論

→言ってない。似た言葉は言ったか書いたかもしれないが、文脈をねじまげて、都合よく誤解・誤訳している可能性が高い。

 

  • 理由1

オリジナルの出典が出てこない。5W1Hのメタ情報、いつ、どこで、誰に対して、どんな形式(対面で口頭または手紙の文字情報)などが明らかでない。

 

  • 理由2

そもそも文脈が違う可能性。アインシュタインは「宇宙は膨張も収縮もしない」という古典物理学の立場。"in the universe"とあるから、"compounding interest"は金融の複利という意味ではなく、「膨張する力」という意味で使ってると考えるべき。「人類最大の発明」も「宇宙が膨張し続けるなんてあり得ないのに、ビックバン仮説は奇抜過ぎる。」と皮肉で言っている可能性がある。

 

 

巷にはびこるアインシュタインの名言と投資を薦める記事

そもそもこの言葉を知ったのは証券会社のHPがきっかけ。これから株式投資を始めようか迷っている人向けの話のつかみとして定番ネタのようだ。

 

アインシュタインが「人類最大の発明」と呼んだのは、意外にもある「考え方」だった。 | 変革のメソッド | EL BORDE(エル・ボルデ) by Nomura - ビジネスもプライベートも妥協しないミライを築くためのWEBマガジン

 

複利を「人類最大の発明」と言ったアインシュタイン。そのワケは? | ZUU online

 

複利は人類最大の発明か? | トウシル 楽天証券の投資情報メディア

 

ほぼ99%が投資に勧誘する文脈で使われている。

 

疑問を呈する人たち in 日本語圏

アインシュタインの名言について質問があります - アインシュタイン... - Yahoo!知恵袋

 

「アインシュタイン 複利」実は言っていない?嘘?有名人の名言4つ - 33式老後生活

 

早くも2013年にすでにヤフー知恵袋で質問している人がいた。ここのベストアンサーが有益なので、こちらを参照させてもらうことにする。

 

疑問を呈する人たち in 英語圏

ベストアンサーが示したリンク先を参照してみる。

 

www.snopes.com

 

ここで取り上げられている文例は2つ

[Sangillo, 2006]

 

There's an urban legend that Albert Einstein once said compounding [interest] is the most powerful force in the universe.

Whether or not he really said it, that line has become my financial motto. I strongly suggest you adopt it.  

 

(拙訳)

かつてアルバート・アインシュタインが「増幅する[複利]は宇宙で最も強力な力だ。」と言ったという都市伝説がある。

本当にそう言ったかどうかはともかく、その言葉は私の投資のモットーだ。あなたもそれをモットーにするように私は強く薦める。

 

[Hartgill, 1997]

When asked to name the greatest invention in human history, Albert Einstein simply replied "compound interest."

 

(拙訳)

人類史上最大の発明は何かと問われて、アルバート・アインシュタインは簡単に「(それは)複利だ。」と答えた。

 

この中でも1.「宇宙で最も強力な力」とするものと、2.「人類最大の発明」とする2パターンがある。

 

1の引用例だと、「都市伝説」と書いてる人自身も信憑性を疑っている。それはそうとして「複利っておいしいよね」と投資を勧めている。

 

"the most powerful force in the universe"は「宇宙で最も強力な力」という意味で良いだろう。

 

主語の"compounding interest"が現在分詞のcompoundingになっていることに注意してほしい。これがもし金融の複利という意味であれば単に"compound interest"とすればいい。しかし、compoundingと動詞的に書かれているから、「増幅させる力」「宇宙を膨張させている力」と考えた方が文脈と整合的だ。

 

辞書を引くと"interest"の訳語に「利子・利息」が出てくるが、雪だるま式に膨張していく宇宙を複利のイメージで喩えたとも考えられる。もともと宇宙物理学の話だったものが、たまたま単語が似ているというだけで、金の亡者たちに文脈を曲解されて金融の話にすり替えられたものだと思われる。

 

2はメディアの質問に答えたものだと思うが、それにしては、いつ、どのメディアに対して答えたものかがわからないし、短か過ぎて、理由説明もなく、学者らしくない。

 

引用元のブログ主も、言った時間・場所が明らかでなく、名言のパターンにブレがありすぎる(「宇宙で最も強力な力」「人類最大の発明」「19世紀で最大の発明」)ので、あやしいと考えている。

 

アインシュタインの死去は1955年だが、初めて紙媒体にこの話題が出るのが1983年のニューヨークタイムズなので、どうやら死人に口なしで有名人の権威を借りて現代人が好き勝手なことを書いてるのが実情なようだ。他にアインシュタインの死後に出てきた名言は、「税金の還付手続は相対性理論より複雑だ。」「一番理解が困難なのが所得税だ。」などなど。

 

economics - Did Einstein ever remark on compound interest? - Skeptics Stack Exchange

↑のコメント欄ではリンカーンの名言で見たことあるというコメントも。

 

アインシュタインは"compounding interest"を否定的に見ていた

そもそもアインシュタインはビックバン仮説を否定していたから、"compounding interest"=「宇宙を膨張させる力」も否定する文脈で使おうとしていたはず。皮肉で言ってたのが、真に受けられて、肯定的に受け止められるのはある意味悲劇。

 

アインシュタインは「定常宇宙論」を信じていた! ――宇宙はなぜブラックホールを造ったのか(9) | 本がすき。

 

有名人の名言でも5W1Hを正確に

アインシュタインは第二次大戦後の1955年まで存命だったし、手紙や映像も多数残っているにもかかわらず、大手メディアですら適当なことを書き散らしている。有名人の権威に頼りたいのはわかるが、故人に対する冒涜ではないか。

 

少なくとも名言は、いつ(日時、時刻、朝昼夜)、どこで(講演会場、式典、自宅)、誰に対して(1対1の対面、不特定多数の聴衆)、どんな形で(スピーチ、インタビュー、手紙)など、どんな状況で行われたか、明らかにする必要があるのではないか。内容が良いからとか、感動するからとかで、そこをスルーするのは真実に対して不誠実ではないか。

 

文章の内容本体ではなく、文章の作成に関する時間、場所、相手方などの情報はメタ情報とかメタデータと言われる。誰もが手軽に記録できる機器を使える時代になった反面、いとも簡単にフェイクニュースが拡散されたり、Tiktokやショート動画など感性をダイレクトに刺激するSNSが隆盛を極める昨今、今一度立ち止まって知性の働きによって証拠を吟味して真実を追究すべきではないか。

 

というわけで、この名言のもとになった英語の原典というか原文を探しています。アインシュタインは1万通くらい手紙を書いていたらしいので、もし手紙が元だったら、特定作業が大変そう。ただ手紙の相手次第で文脈も特定できそうなので、分かれば解決するかも。判明したら追記します。