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デジタル庁への立入検査の法的根拠について

マイナンバー問題でとうとうデジタル庁に立入検査。

www3.nhk.or.jp

 

国の行政機関である個人情報保護委員会が同じ行政機関であるデジタル庁に立入検査するという珍しい事態に法的根拠はどうなってるか少し気になって調べてみた。

 

 

個人情報保護委員会とは

個人情報保護委員会(以下「委員会」という。)は、個人情報(特定個人情報を含む。)の有用性に配慮しつつ、個人 の権利利益を保護するため、個人情報の適正な取扱いの確保を図る ことを任務とする、独立性の高い機関です。

個人情報保護委員会について |個人情報保護委員会

個人情報保護委員会は委員長とそれ以外の委員8名の合計9名で構成される。個人情報と特定個人情報(個人番号=マイナンバー)を監督する独立行政委員会である。

 

個人情報保護法における立入検査の条文

第三款 行政機関等の監視

(資料の提出の要求及び実地調査)

第百五十六条 委員会は、前章の規定の円滑な運用を確保するため必要があると認めるときは、行政機関の長等(会計検査院長を除く。以下この款において同じ。)に対し、行政機関等における個人情報等の取扱いに関する事務の実施状況について、資料の提出及び説明を求め、又はその職員に実地調査をさせることができる。

https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=415AC0000000057#Mp-At_156

 

行政機関に対しては個人情報保護委員会は立入検査のほか指導・勧告(個人情報保護法157~159条)ができるとしている。立入検査の妨害に対しての罰則は個人情報取扱事業者にはあるが、行政機関への立入検査の妨害についての罰則はない。行政機関だから応じるのが当然という理解か。

 

マイナンバー法における立入検査の条文

マイナンバー法の正式名称は「行政手続における特定の個人を識別するための番号の利用等に関する法律」という。マイナンバーは「個人番号」。個人番号を含む情報は「特定個人情報」(同法2条5項8項)という。立入検査の条文は35条。

(報告及び立入検査)
第三十五条 委員会は、この法律の施行に必要な限度において、特定個人情報を取り扱う者その他の関係者に対し、特定個人情報の取扱いに関し、必要な報告若しくは資料の提出を求め、又はその職員に、当該特定個人情報を取り扱う者その他の関係者の事務所その他必要な場所に立ち入らせ、特定個人情報の取扱いに関し質問させ、若しくは帳簿書類その他の物件を検査させることができる。
 前項の規定により立入検査をする職員は、その身分を示す証明書を携帯し、関係人の請求があったときは、これを提示しなければならない。
 第一項の規定による立入検査の権限は、犯罪捜査のために認められたものと解釈してはならない。
こちらの立入検査の妨害は行政機関も罰則の対象になっている。同法55条の2によると、30万円以下の罰金。

過失には罰則はない

罰則の規定を見てもらえばわかるが、基本的に刑罰の対象となるのは故意犯だけ。「偽りその他不正の手段により」とか「人を欺き、人に暴行を加え、若しくは人を脅迫する行為により」というのは、相当違法性の高い手段に限っている。

 

過失犯を処罰するには「過失により」とか「業務上必要な注意を怠り」という文言が必要である。悪意のある職員が第三者に漏洩させた場合は故意犯であるが、紐付けのミスはうっかりのミスなので、過失となるため、刑事罰の対象とはならない。全国で何万件も紐付けミスが出ているが、おそらく誰も罰せられないだろう。

 

原因が何であれ流出被害は取り返しがつかない

刑罰がないとすると、民事の損害賠償となるが、現在の日本の裁判例によると、1人あたりの損害賠償額は3万円以下だそうだ。裁判所の提訴に必要な費用は切手代印紙代含め、6000円弱だから採算割れとはならないが、日本人の個人情報はとても安く見積もられている。

個人情報流出とは|企業にとっての損害を具体例を用いて徹底解説|コラム|コワークストレージ|法人のお客さま|NTT東日本

 

そもそも個人情報はモノとは違い、コピーが容易で、現在の進歩した情報技術では半永久的な保存も可能である。流出の原因が故意の漏洩であれ、過失であれ、いったん流出した個人情報は消せないものと考えた方がいい。しかも、マイナンバーは一生同じ番号を使い続けるものであるため、個人を特定する番号としてはとても信用性が高い。運転免許証や会員カードのように失効することもない。悪用する業者にとってこれほど使い勝手がいいものもないだろう。

 

「ただの番号が漏れたからって大したことない」という人は、そもそも紐付けされるという前提を理解していない。漏れても平気だと思う人は、ぜひとも自分のマイナンバーを公開してどれくらい大したことないか実験してみてほしい。

自己情報コントロール権はどこ行った?

個人情報保護法が制定される直前、プライバシーや自分の個人情報を公開・訂正・削除ができる「自己情報コントロール権」というものが憲法13条の自己決定権の1つとして議論されていた。EUでは「忘れられる権利」としてGoogleに対して本人が望まない個人情報を削除できる権利が認められたが、日本でも訂正・削除の権利を活用すべきだろう。

デジタル庁のネットリテラシー

www.asahi.com

メーリングリストBCCで送れ」は、N年前の筆者の大学入学直後のオリエンテーションで最初に言われたことである。これに合格しないと、大学のPCが使えないので、少なくとも自分の同期と後輩以下は文系理系を問わずみんな常識として知っている基本的なネットリテラシーである。

 

個人情報を適正に取り扱うことは、政府への信頼を保証する前提条件である。デジタル庁と名乗っている以上、もう少しマシかと思っていたが、どうも根本的な所で違っていたようだ。マイナンバー問題はこの先もまだまだ尾を引きそうである。

 

↓4月1日付だけど、エイプリル・フールではありません。マジです。

メールの宛先誤りについて(2022年4月1日)|デジタル庁

 

アインシュタインは本当に「複利は人類最大の発明」と言ったのか

  • 暫定的な結論

→言ってない。似た言葉は言ったか書いたかもしれないが、文脈をねじまげて、都合よく誤解・誤訳している可能性が高い。

 

  • 理由1

オリジナルの出典が出てこない。5W1Hのメタ情報、いつ、どこで、誰に対して、どんな形式(対面で口頭または手紙の文字情報)などが明らかでない。

 

  • 理由2

そもそも文脈が違う可能性。アインシュタインは「宇宙は膨張も収縮もしない」という古典物理学の立場。"in the universe"とあるから、"compounding interest"は金融の複利という意味ではなく、「膨張する力」という意味で使ってると考えるべき。「人類最大の発明」も「宇宙が膨張し続けるなんてあり得ないのに、ビックバン仮説は奇抜過ぎる。」と皮肉で言っている可能性がある。

 

 

巷にはびこるアインシュタインの名言と投資を薦める記事

そもそもこの言葉を知ったのは証券会社のHPがきっかけ。これから株式投資を始めようか迷っている人向けの話のつかみとして定番ネタのようだ。

 

アインシュタインが「人類最大の発明」と呼んだのは、意外にもある「考え方」だった。 | 変革のメソッド | EL BORDE(エル・ボルデ) by Nomura - ビジネスもプライベートも妥協しないミライを築くためのWEBマガジン

 

複利を「人類最大の発明」と言ったアインシュタイン。そのワケは? | ZUU online

 

複利は人類最大の発明か? | トウシル 楽天証券の投資情報メディア

 

ほぼ99%が投資に勧誘する文脈で使われている。

 

疑問を呈する人たち in 日本語圏

アインシュタインの名言について質問があります - アインシュタイン... - Yahoo!知恵袋

 

「アインシュタイン 複利」実は言っていない?嘘?有名人の名言4つ - 33式老後生活

 

早くも2013年にすでにヤフー知恵袋で質問している人がいた。ここのベストアンサーが有益なので、こちらを参照させてもらうことにする。

 

疑問を呈する人たち in 英語圏

ベストアンサーが示したリンク先を参照してみる。

 

www.snopes.com

 

ここで取り上げられている文例は2つ

[Sangillo, 2006]

 

There's an urban legend that Albert Einstein once said compounding [interest] is the most powerful force in the universe.

Whether or not he really said it, that line has become my financial motto. I strongly suggest you adopt it.  

 

(拙訳)

かつてアルバート・アインシュタインが「増幅する[複利]は宇宙で最も強力な力だ。」と言ったという都市伝説がある。

本当にそう言ったかどうかはともかく、その言葉は私の投資のモットーだ。あなたもそれをモットーにするように私は強く薦める。

 

[Hartgill, 1997]

When asked to name the greatest invention in human history, Albert Einstein simply replied "compound interest."

 

(拙訳)

人類史上最大の発明は何かと問われて、アルバート・アインシュタインは簡単に「(それは)複利だ。」と答えた。

 

この中でも1.「宇宙で最も強力な力」とするものと、2.「人類最大の発明」とする2パターンがある。

 

1の引用例だと、「都市伝説」と書いてる人自身も信憑性を疑っている。それはそうとして「複利っておいしいよね」と投資を勧めている。

 

"the most powerful force in the universe"は「宇宙で最も強力な力」という意味で良いだろう。

 

主語の"compounding interest"が現在分詞のcompoundingになっていることに注意してほしい。これがもし金融の複利という意味であれば単に"compound interest"とすればいい。しかし、compoundingと動詞的に書かれているから、「増幅させる力」「宇宙を膨張させている力」と考えた方が文脈と整合的だ。

 

辞書を引くと"interest"の訳語に「利子・利息」が出てくるが、雪だるま式に膨張していく宇宙を複利のイメージで喩えたとも考えられる。もともと宇宙物理学の話だったものが、たまたま単語が似ているというだけで、金の亡者たちに文脈を曲解されて金融の話にすり替えられたものだと思われる。

 

2はメディアの質問に答えたものだと思うが、それにしては、いつ、どのメディアに対して答えたものかがわからないし、短か過ぎて、理由説明もなく、学者らしくない。

 

引用元のブログ主も、言った時間・場所が明らかでなく、名言のパターンにブレがありすぎる(「宇宙で最も強力な力」「人類最大の発明」「19世紀で最大の発明」)ので、あやしいと考えている。

 

アインシュタインの死去は1955年だが、初めて紙媒体にこの話題が出るのが1983年のニューヨークタイムズなので、どうやら死人に口なしで有名人の権威を借りて現代人が好き勝手なことを書いてるのが実情なようだ。他にアインシュタインの死後に出てきた名言は、「税金の還付手続は相対性理論より複雑だ。」「一番理解が困難なのが所得税だ。」などなど。

 

economics - Did Einstein ever remark on compound interest? - Skeptics Stack Exchange

↑のコメント欄ではリンカーンの名言で見たことあるというコメントも。

 

アインシュタインは"compounding interest"を否定的に見ていた

そもそもアインシュタインはビックバン仮説を否定していたから、"compounding interest"=「宇宙を膨張させる力」も否定する文脈で使おうとしていたはず。皮肉で言ってたのが、真に受けられて、肯定的に受け止められるのはある意味悲劇。

 

アインシュタインは「定常宇宙論」を信じていた! ――宇宙はなぜブラックホールを造ったのか(9) | 本がすき。

 

有名人の名言でも5W1Hを正確に

アインシュタインは第二次大戦後の1955年まで存命だったし、手紙や映像も多数残っているにもかかわらず、大手メディアですら適当なことを書き散らしている。有名人の権威に頼りたいのはわかるが、故人に対する冒涜ではないか。

 

少なくとも名言は、いつ(日時、時刻、朝昼夜)、どこで(講演会場、式典、自宅)、誰に対して(1対1の対面、不特定多数の聴衆)、どんな形で(スピーチ、インタビュー、手紙)など、どんな状況で行われたか、明らかにする必要があるのではないか。内容が良いからとか、感動するからとかで、そこをスルーするのは真実に対して不誠実ではないか。

 

文章の内容本体ではなく、文章の作成に関する時間、場所、相手方などの情報はメタ情報とかメタデータと言われる。誰もが手軽に記録できる機器を使える時代になった反面、いとも簡単にフェイクニュースが拡散されたり、Tiktokやショート動画など感性をダイレクトに刺激するSNSが隆盛を極める昨今、今一度立ち止まって知性の働きによって証拠を吟味して真実を追究すべきではないか。

 

というわけで、この名言のもとになった英語の原典というか原文を探しています。アインシュタインは1万通くらい手紙を書いていたらしいので、もし手紙が元だったら、特定作業が大変そう。ただ手紙の相手次第で文脈も特定できそうなので、分かれば解決するかも。判明したら追記します。